考える人

 競技かるたって何が楽しいの?

 

 皆さん、競技かるたをやっていて、このような疑問を感じたことはありませんか?

 

 「いや、そんなん思ったことないわ」っていう人には、今回の記事は必要ないです。今のまま目標達成に向けて、がんばってください!

 

 今回は、「なんで俺かるたやってんだろ…」とか「かるたするの疲れたな」っていう人たちに、加茂が競技かるたの楽しさとは何か、を問う過程を文章にすることで、何か参考になればいいな、と思って書いた記事です。

 

 今まで我武者羅に競技かるたに向かい合ってきたが、方向性を見失っている、そんな境遇の人たちの助けになれば幸いです。

 

 

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楽しさ候補①:優越性の証明

 まず、競技かるたの楽しさ候補、エントリー①、優越性の証明、です。

 

 どういうことかというと、競技かるたの楽しさは、相手を倒すことで得られる優越性にある、と解釈することです。

 

 勝負の世界なので、相手に勝つこと=楽しさ、という図式はシンプルで、理解しやすいのではないかと思います。

 

 実際、これをモチベーションにして、競技かるたにうちこんでいる、プレイヤーも数多くいると思います。私も当初はここに楽しさを見出していました。

 

 ですが、一番最初にこれをもってきている時点でお察しですが、私はここに楽しさを見出しません笑

 

 なぜかというと、この優越性の要求には、終わりがありません。たとえ、名人やクイーンになっても、毎年挑戦を受けなければなりません。そこで優越性の証明を果たすには、勝ち続けなければなりません。

 

 そこにあるのは、楽しさなんてものではなく、もはや自己承認を満たすための義務感です。義務感でするかるたなんて、何も楽しくない、と私は思うのです。

 

 なので、私は他人に勝つことで得られる優越感を、競技かるたの楽しさに置かない、というか置きたくないのです。

 

楽しさ候補②:自己研鑽

 そうなると、楽しさというのは、他者との関係でなく、自分の中に見出せるもの、ということになります。

 

 そこで思いつくのが、自己研鑽、つまり、自分のかるた道を貫き、自分の中で自己満足を得ることが、競技かるたの楽しさ、ということになります。絵だとか写真だとか、芸術の分野に近づくことになりますね。

 

 ですが、これが競技かるたの楽しさか、と問われると、何か違うなーと思います。

 

 というのも、自己研鑽、自己満足というものだけだったら、一人取りをやっているだけで満たされてしまうからです。

 

 なかなか、一人取りで、すばらしい取りをするためだけに、競技かるたをやっているという人は、いないんじゃないでしょうか笑

 

 練習でする場合も、対人戦を意識したもの、という場合がほとんどでしょう。

 

 そうなると、競争に楽しさを置かないまでも、一人で完結するものでもありえない、ということになってしまいます。難しいですね。

 

楽しさ候補③:競技かるたをしている人との繋がり

 そうなってくると、競技かるたをしている人とのつながり、それを求めてかるたをしているんだ、ということにもなりそうです。

 

 一人で黙々とかるたしていても楽しくない、それなら同じ趣味をしている仲間と集まって、対戦という形で、コミュニケーションをとる。これなら、他人との優越性に楽しさを見出すこともなく、また、独りよがりにもならない。

 

 実際、かるたをしている仲間たちと一緒にいたいという理由だけで、年に何回かかるたを取る、みたいなスタイルでかるたをしている方なんていうのも、特に社会人の方には多いんじゃないでしょうか。

 

 これはこれで、競技かるたの楽しさ、という観点で考えると十分な理由になると思います。

 

 ですが、これにも一つ大きな違和感があります。それは、競技かるたの練習する必要なくね?ってことです笑

 

 するにしても、コミュニケーションなんだったら、相手に勝つ必要はないわけです。自分の取りたい札を取り、やりたいかるたをして、結果的に勝った負けたという事象が、おまけでついてくる…

 

 こんな緩い感じになります。これはこれで楽しいでしょう。長く競技かるたを続けられます。しかし、わがままな私は、こんなかるたをしたくありません。やはり、競技性というところに魅力を感じます。

 

 ここまでをまとめると、他者と真剣な試合をしたいながらも、そこに優越性の証明という競争原理を持ち出したくない、ということになります。

 

 それらを満たす、競技かるたの楽しさというものは、果たして存在するのか。考え出した結果がこちらになります。

 

楽しさ候補④:課題の解決

 私が、競技かるたの楽しさとして出した結論は、課題の解決です。

 

 つまり、競技かるたの試合というのは、相手から課題を出してもらっている、自分はその課題解決に向けて取り組む、と同時に、自分も相手に向けて課題を出していて、相手もその課題解決に向けて取り組む。そういった場なんじゃないかなと思うわけです。

 

 ここでいう課題というのが、各プレイヤーの競技かるたのスタイルになります。例えば、ゴリゴリの攻めがるただったり、トリッキーな配置や送り札で相手をほんろうしたり、手をすばやく出して全部囲っちゃう、みたいな感じで、プレイヤーごとに、課題を出しているわけです。

 

 自分はそういった課題解決に立ち向かうと同時に、相手にも課題を出しています。そうやってお互いに課題を出し合って、解決しあう、その営みが、競技かるたの試合であり、楽しいところである、というのが私が出した結論です。

 

 これなら、優越性の証明にも、自己満足にも陥ることなく、楽しめるんじゃないかなーと。

 

 もちろん、こんな課題も解決できる俺ってすげー、ってなっちゃうと優越性の証明の手段になってしまいます。ここら辺は紙一重ですが、個人的にはとても大きな違いです。

 

おわりに

 今回は競技かるたの楽しさについて、いろいろ考察しました。私は、候補④に楽しさを見出していますが、人によっては候補①~③のどれかに、競技かるたの楽しさを見出すかもしれませんね。

 

 また、それ以外に競技かるたのここが楽しくてやっている、といった意見もあるかもしれませんね(そもそも、そんなこと考えて何が楽しいんだ、って意見が大部分かもしれませんね笑)。

 

 いずれにしても、私みたいに考えすぎる人は、この辺までとことん考え抜いた方が、競技かるたをやる意味、みたいなのがはっきりして、試合中に迷うことも少なくなると思います。

 

以上、競技かるたの楽しさについての、考察でした!