あまのの読み札

今回紹介する和歌はこちら!

 

天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも

 

百人一首の中でも、かなり有名な方の和歌です。

また、百人一首のなかでは珍しい、恋の歌でもなく春夏秋冬の季節の歌でもない、羈旅の歌になります。

羈旅の歌というのは、旅情を詠んだ歌のことです。

この和歌は羈旅の歌の中でも中国、すなわち唯一国外で詠まれた歌であるという特徴を持ちます。

 

百人一首の中で羈旅に分類される歌には、他に以下のような歌があります。

わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと人には告げよ海人の釣船

このたびは幣も取りあへず手向山紅葉の錦神のまにまに

和歌の意味

広い空をはるかに仰ぎ見ると(そこに月が見えるが、その月は)春日にある三笠の山に出ていた月なのだろうか

 

()の中身は意味を分かりやすくするための補足で、直訳は()以外の部分です。

この歌は中国で詠まれたとされているので、ここでいう月は中国の地で作者が見ている月、ということになります。

中国という異郷の地で、唯一故郷の日本を思い出せたもの、それが月だったというわけですね。

 

月を見て故郷を思い出す、という表現は中国の詩でも使われていたそうです。

若くから中国に遣唐使として派遣された、作者ならではの歌と解釈することもできそうですね。

この点に関しては、後述の作者、鑑賞の項目でもう少し詳しく説明しています。

ことばの解説

ここからは、この和歌に出てくる重要な言葉の解説です。

天の原

一つ目の単語は「天の原」です。

 

「原」ということばには、自然のままの広々したところ、という意味があります。

そのため、「天」という言葉と組み合わせた「天の原」は「広々とした空」、「海」という言葉と組み合わせた「海原」は「広々とした海」という意味になります。

 

単純な「大空」という表現よりも、「天の原」のほうが空間的な広がりをイメージさせます。

また、「富士」という言葉にかかる枕詞として使われることもあるようです。

ふりさけ見る

二つ目の単語は、ふりさけ見るです。

ふりさけ見る、というのは遠くを見やる、見晴るかす、といったニュアンスを持つ言葉です。

 

「天の原」を「ふりさけ見る」という表現は万葉時代に多く使われています。

たとえば、百人一首4番歌の「田子の浦」という歌は、長歌に対する反歌なのですが、その長歌にもこの表現が使われています。

詳しくは以下の記事を参照してください。

参照:田子の浦にうち出でて見れば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ

三笠の山

三つ目の単語は「三笠の山」です。

三笠山は、春日大社の後方にそびえる、春日山の一部をなしています。

 

この和歌にとって、三笠山は重要な意味を持っています。

というのも、三笠山が属している春日山では、旅の無事を祈る習慣があったようです。

 

詳しくは後述の作者紹介で触れますが、作者(とされている)安倍仲麻呂は、若いころに遣唐使として中国に渡っています。

中国に渡るとなると、それはもう大変な旅路ですので、遣唐使一行もこの春日山で無事を祈った、と考えるのは自然なことです。

「三笠の山に出でし月」とは、ある意味日本から中国への旅立を象徴する月であるといえます。

文法解説

続いて文法の解説です。

ポイント1.見れば

ポイントの1つ目は「見れば」です。

 

「見れば」は見るという動詞の已然形「見れ」と、~なのでという確定条件を意味する「ば」の組み合わせです。

現代語に訳すときに、そのまま「見れば」とすると仮定の意味になるので注意が必要です。

 

ちなみに、現代語の「見れば」の意味に相当する古文での表現は、「見ば」となります。

 

この已然形+ばの組み合わせは、以下の和歌にも使われています。

わびわびぬれば今はた同じ難波なるみをつくしてもあはむとぞ思ふ

吹くからに秋の草木のしをるればむべ山風を嵐といふらむ

ポイント2.なる

ポイントの2つ目は、「なる」です。

この「なる」は、場所や存在を意味し、「~にある」と訳します。

 

「なり」という言葉やには色々な意味があり、見分け方が難しい言葉の一つです。

ただ、この場所や存在を表す「なり」は、だいたい決まった形で出てくるので比較的見分けやすくなっています。

その形というのが、名詞(A)+なる+名詞(B)、という形です。

訳は「AにあるB」とすれば、だいたいうまくいきます。

 

今回で言えば、「春日+なる+(三笠の)山」ですね。

訳はシンプルに、「春日にある三笠の山」となります。

 

百人一首の中で、この「なり」を使った歌には以下のものがあります。

わびわびぬれば今はた同じ難波なるみをつくしてもあはむとぞ思ふ

ポイント3.かも

ポイントの3つ目は、「かも」です。

意味としては、平安時代によく使われた「かな」と同じ、詠嘆の意味になります。

 

古文で「か」は疑問、「も」は詠嘆を意味します。

「か」に疑問の意味が含まれているので、現代語訳としては「かな~」ぐらいのニュアンスです。

 

なお、文末に使われた場合は詠嘆の意味になりますが、文中に使われると疑問の意味が強くなります。

百人一首の中で、文末に「かも」が使われている和歌は他にありませんが、文中に使われている和歌には以下のようなものがあります。

たれをかもしる人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに

きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに衣かたしきひとりかもねむ

作者

作者は安倍仲麻呂(あべのなかまろ)です。

仲麿と書くこともあります。

16歳のときに遣唐使として唐に派遣され、時の皇帝、玄宗にもいたく気に入られたようです。

また、当時の超一流詩人である李白とも親交が深かったと伝えられています。

当時、遣唐使として唐に派遣される若者はエリート中のエリートです。

仲麻呂もその例にもれず、東大入試や司法試験なんかとは比べ物にならないほど難しい試験、科挙に合格したといわれています。

このように優秀だった仲麻呂ですが、一度も日本に帰国することができず、唐でその生涯を終えました。

当時にしては長生きの73歳です。

鑑賞

続いて、この和歌をより楽しむための背景知識を紹介します。

百人一首の中で唯一海外で詠まれた歌

この和歌の出典元である古今集の詞書には、「唐土(もろこし)にて、月を見てよみける」と記載されています。

「唐で月を見て詠んだ」という意味ですね。

つまりこの和歌は、(少なくとも建前上は)百人一首の中で唯一の海外で詠まれた和歌、ということになります。

また、この和歌をより深く味わうために重要になるのが長い左註です。

左註には、遣唐使の仲麻呂が帰るときに皆の前で詠んだ歌である、という内容が書かれています。

そう、一度も日本に帰ることができなかった仲麻呂ですが、実は一度だけ帰国しようと試みたことがあったのです。

この和歌を詠んだ当初の仲麻呂の気持ちは、間違いなく「喜び」だったでしょう。

長年勤めた異郷の地から、故郷の日本にやっと帰ることができる、そんな場面ですからね。

ですが、この後の仲麻呂がたどる結末を知った私たちにとっては、この歌は「悲しみ」の色を帯びます。

和歌の背景を知ることによって感じられる「喜び」と「悲しみ」の二面性こそが、この和歌の持つ魅力の一つです。

詞書と左註
詞書(ことばがき)は和歌の前に、左註(さちゅう)は和歌の後にそれぞれつけられる注釈のことです。
詞書は、その和歌が詠まれた背景などを簡潔に説明します。
これに対し、左註は和歌や詞書の内容を補足したり、異説を提示したりする役割を持ちます。

『土佐日記』での引用

百人一首35番歌の作者でもある紀貫之。

彼の有名な作品の中に、『土佐日記』というものがあります。

その『土佐日記』の中に、実は仲麻呂の詠んだ和歌の話が少し出てくるのです。

そこでは仲麻呂が、次のような歌を詠んだと紹介されています。

 

青海原(あおうなばら)ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも

 

最初の5文字が少し違っていますね。

これは貫之が仲麻呂の歌を改変したものだという見方もあるのですが、もう一つ、面白い説を紹介します。

その説というのが、そもそも「天の原~」の歌の作者が紀貫之だという説です。

なぜ、そのようなことが言われるのでしょうか。

この和歌は、詞書や左註から唐で詠まれた歌とされていますが、そもそも歌を詠んだ当の仲麻呂は日本に帰れていません。

にもかかわらず、この唐で詠んだ歌が貫之の時代まで伝わっているというのは、確かに少し違和感があります。

であれば、当時の仲麻呂の境遇を想像した後世の人が、仲麻呂の歌としてこの和歌を世に出したと考えることもできそうですよね。

そして、その後世の人として考えられるのが、『土佐日記』に仲麻呂の歌を堂々と改変して載せている貫之だ、というわけです。

実際のところはわかりませんが、このような解釈の仕方も個人的には面白いと思います。

競技かるたにおける「あまの」

競技かるたにおいて、この和歌は「あまの」という風に覚えます。

下の句が「みかさ」から始まるので、「天野みかさ」という人物名っぽく覚える人が多いでしょうか。

途中まで音が同じ札に、「あまつ」という札があります。

 

あまつかぜ雲の通ひ路吹き閉ぢよをとめの姿しばしとどめむ

 

「あ」から始まる札は全部で16枚。

このうち、「あまの」と同じく、3文字目まで聞いて確定できる札は11枚あります。

例としては、このような和歌たちです。

 

有明のつれなく見えし別れより暁ばかり憂きものはなし

浅茅生の小野の篠原忍ぶれどあまりてなどか人の恋しき

 

「あ」から始まる札をすべて認識できれば、競技かるた初心者卒業ですね。

出典

古今集・羇旅・406番

参考文献

吉海直人『読んで楽しむ百人一首』KADOKAWA(2017)

吉海直人 監修『こんなに面白かった「百人一首」』PHP文庫(2010)

井上宗雄『百人一首を楽しく読む 四版』笠間書院(2014)

有吉保 監修『知識ゼロからの百人一首入門』幻冬舎(2005)

馬場あき子『馬場あき子「百人一首」』NHK出版(2016)

上坂信男『新版 百人一首・耽美の空間』右文書院(2008)

小名木善行『ねずさんの日本の心で読み解く「百人一首」』彩雲出版(2015)

田中紀峰『虚構の歌人藤原定家』夏目書房新社(2015)