あしの読み札

今回解説するのはこちらの和歌です。

 

あしびきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む

 

一人で過ごす夜の寂しさ、という情緒的な印象が強い歌ではありますが、実はかなり技巧的な歌でもあります。

そして、1番歌「あきの」と同じく、この和歌も作者が別人との説が…

参照:秋の田のかりほの庵のとまをあらみわが衣手は露にぬれつつ

和歌の意味

山鳥の垂れ下がった尾のように長い長い夜を一人で寝るのだろうか

 

意味としては、一人寝の寂しさを歌ったものとなります。

意味だけを見ればシンプルな和歌に見えてしまいますが、この和歌の肝はなんといっても「山鳥」です。

「山鳥」にこめられた意味を知ることによって、この和歌の味わいが一味も二味も変わってきます。

ことばの解説

それでは続いて、この和歌に使われている言葉の解説です。

あしびきの

あしびきの、という言葉はいわゆる「枕詞」と呼ばれるものです。

参照:語源を知ればもっと面白い!「枕詞」とは?

 

「枕詞」とは、ある特定の語句を導く決まり文句のようなものです。

「あしびきの」は、その直後に「山」や「峰」という言葉を導きます。

漢字で書くと「足引きの」となり、山といえば足を引きずって登ることから、「山」を象徴する言葉になったという説があります。

他には、山のすそが長いさまを表した言葉であるという説もあります。

山鳥

この歌で一番大きな役割を果たしている言葉といえるでしょう。

山鳥というのは、実在する鳥の名前でこんな見た目をしています。

山鳥

 

このように、長い尾羽が特徴的な鳥です。

ちなみに、この長い尾羽を持っているのはオスの山鳥です。

したがって、この和歌で詠まれているのはオスの山鳥ということがわかります。

 

また、当時、山鳥はオスとメスが離れて眠るという風に信じられていました。

つまり、山鳥というのは一人寝を象徴する鳥であるともいえるわけです。

 

まとめると、この和歌は山鳥の伝説と外見的特徴を、一人寝という題材に結び付けて詠み込んだかなり技巧的な歌とも評価できます。

ここまででも山鳥が果たしている役割の大きさは理解できますが、山鳥にはもう一つ役割があります。

この最後の役割については、鑑賞の項目で後述します。

文法解説

続いて、文法解説です。

ポイント1.枕詞

「ことば」の項目でも解説しましたが、「あしびきの」という言葉が枕詞になっています。

枕詞は和歌に用いられる技法のひとつで、現代語訳をするときは特に訳さない言葉となっています。

受験勉強的には以上の理解でいいのですが、言葉である以上元々は意味を持っているため、その語源を知ることで鑑賞に深みが出ます。

 

百人一首で枕詞を使っている和歌としては、他に以下のようなものがあります。

久方の光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ

ちはやぶる神代もきかず竜田川からくれなゐに水くくるとは

ポイント2.序詞

枕詞と似たような役割を果たす和歌の技法として、序詞(じょことば)があります。

序詞も、ある特定の言葉を導き出すために使われ、~のように、と訳されることが多いです。

枕詞が決まりきった5文字の言葉であるのに対し、序詞は文字数に制限がなく、作品ごとに自由に文言を決められます。

 

この和歌では、「あしびきの山鳥の尾のしだり尾の」までが序詞です。

これらの言葉から導き出される言葉は、「長々し」となります。

なので、ここの部分を現代語訳すると「(山鳥の垂れ下がった尾のように)長い長い・・・」となるわけです。

 

百人一首に選ばれている和歌で、序詞を使っている和歌には以下のようなものがあります。

陸奥のしのぶもぢずりたれゆえに乱れそめにしわれならなくに

立ち別れいなばの山の峰に生ふるまつとし聞かば今帰り来む

ポイント3.かも寝む

最後に紹介するのは、「かも寝む」ということばです。

ここに使われている単語は、1文字ごとに意味があります。

 

」は疑問を意味する係助詞、「」は詠嘆を意味する係助詞です。「かも」一つで疑問の係助詞と考えることもできます。

この「かも」が文末にくると、文末に使われる「かな」に意味が近づき詠嘆の意味合いが強くなります。

参照:天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも

 

」はそのまま寝るという意味の動詞で、最後の「」は推量の助動詞です。

これらの意味を考慮して訳すと、「寝るだろう」となります。

作者

作者は、柿本人麻呂です。

4番歌の作者、山部赤人とともに「歌聖」と称される、万葉時代の伝説的な歌人です。

参照:田子の浦にうち出でて見れば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ

 

柿本人麻呂といえば、あの有名な「いろは歌」の作者ではないか、とも言われています。

そんな「いろは歌」の特徴ですが、主なものは以下の3つです。

 

①五十音を一音ずつ使っている

②七五調のリズムになっている

③七音の音に区切ると隠されたメッセージが現れる。

 

詳しくは以下の記事で解説しています。

参照:みんな一度は聞いたことがある「いろは歌」の秘密とは

 

また、人麻呂は人丸とも呼ばれていたことから、人丸=火止まるとなり、火除けの神様としてもあがめられています。

だじゃれのようでもありますが、なんだか和歌の掛詞みたいでもあり面白いですね。

鑑賞

続いて、この和歌をもっとよく知るためのエピソードについてです。

伝統を踏まえたオリジナリティ

この和歌の肝が山鳥にある、ということは先ほどもお伝えしました。

山鳥の伝説と見た目を和歌に詠み込んだことは説明しましたが、山鳥にはもう一つ果たしている役割があります。

それが、枕詞に導き出されることばとしての役割です。

 

「あしびきの」は、山にかかる枕詞であると先ほどお伝えしました。

そのため、通常「あしびきの」という言葉が初句にくれば、自然物である、あの山を頭に思い浮かべます。

ですが、この和歌は通常の山ではなく、山鳥という鳥の名前を「あしびきの」の後にもってきているのです。

 

「あしびきの」に続く言葉は「山」という伝統は守りつつ、ただの山ではなく「山鳥」の山を持ってくるのはかなり斬新な手法といえます。

「あしびきの」の初句で期待させた「山」のイメージを微妙にずらし、和歌の主題にもっていくこの巧妙さ。

歌の神様ともいわれた、柿本人麻呂の作品にふさわしい名作といえそうですね。

作者は柿本人麻呂ではない!?

ここまで褒めておいてなんですが、実はこの和歌、柿本人麻呂の作品ではないらしいのです。

この和歌の作者は、万葉集では不明となっています。

どうやら、後世の人が「こんな優れた和歌、人麻呂の作品に違いない!」ということで、勝手に人麻呂の作という風に仕立て上げたみたいです。

 

柿本人麻呂の作品の中には、この和歌と同様作者不詳の秀歌が数多く紛れています。

特に、万葉集時代の作者不詳歌は、後世に柿本人麻呂作として伝えられたものが多いようです。

 

冒頭で、「あきの」の歌も作者は別人である、と説明しましたが、百人一首にはもう二首作者が別人とされる和歌が存在しています。

奥山にもみじ踏み分け鳴く鹿の声聞く時ぞ秋は悲しき

かささぎの渡せる橋に置く霜の 白きを見れば夜ぞふけにける

競技かるたにおける「あし」

最後に、競技かるたにおけるこの和歌の解説です。

競技かるたの世界では、この和歌を「あし」と呼んでいます。

 

百人一首には「あ」から始まる和歌が全部で16首あるのですが、そのうち初めの2文字だけで判別できる歌は3首とかなり少なくなっています。

「あし」のように、初めの2文字だけで判別できる札を「2字決まり」と言いますが、他のあ札の2字決まりには以下のような札があります。

あひみての後の心にくらぶれば昔はものを思はざりけり

あけぬれば暮るるものとは知りながらなほうらめしき朝ぼらけかな

 

ちなみに、「あひ」は音にすると「あい」になります。

アから始まり母音がイの音、ということで「あい」と「あし」は似た札として考える選手も多くいらっしゃります。

出典

拾遺和歌集・恋三・778番

参考文献

吉海直人『読んで楽しむ百人一首』KADOKAWA(2017)

吉海直人 監修『こんなに面白かった「百人一首」』PHP文庫(2010)

井上宗雄『百人一首を楽しく読む 四版』笠間書院(2014)

有吉保 監修『知識ゼロからの百人一首入門』幻冬舎(2005)

馬場あき子『馬場あき子「百人一首」』NHK出版(2016)

上坂信男『新版 百人一首・耽美の空間』右文書院(2008)

小名木善行『ねずさんの日本の心で読み解く「百人一首」』彩雲出版(2015)

田中紀峰『虚構の歌人藤原定家』夏目書房新社(2015)