はるすの読み札

今回紹介する和歌はこちらです。

 

春すぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山

 

初夏の季節を描写したさわやかな印象の和歌でございます。

初句が春から始まるため、一瞬春の歌かと思いますが実は夏の歌なんですね。

和歌の意味

春が過ぎて夏が来ていたらしい。(夏になると)真白な衣を干すという、天の香具山(に真白な衣が干されているのを見ると)

 

夏の訪れを感じるふとした瞬間を歌った和歌となっております。

和歌の文字をそのまま訳すと少し意味が分かりづらいので、()で意味を補足しています。

()で意味を補足しても、なんで真白な衣を見たら夏が来たことになるんだ?という疑問はありますが…

その辺は後程、鑑賞の項目で解説いたします。

ことばの解説

それでは、まずこの和歌に使われていることばの解説です。

白妙

「白妙」というのは、元々白栲と書き、楮の木の皮の繊維で織った布を意味しています。

そこから転じて、「真っ白な」という意味を持つことばとして使われています。

 

また、時代が下るにつれ「白妙の」といえば、「白」や「衣」といった言葉を想起させるトリガー的な単語として使われるようにもなりました。

このように、ある特定の言葉を導き出す決まり文句のような言葉を、和歌の用法で「枕詞(まくらことば)」といったりします。

枕詞は、特定の言葉を導き出すための決まり文句ですので、訳すときも特に意味を持たせないのが一般的です。

ただ、この和歌で使われる「白妙の」は、真っ白な衣であることに意味があるとされるので、枕詞的な使い方というよりは、本来の意味である「真っ白な」という意味を持って使われています。

 

百人一首で、他にも「白妙の」が使われている和歌には以下のものがあります。

 

田子の浦に打ち出でてみれば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ

香具山

香具山というのは、現在の奈良県にある山の一つで、香久山とも書きます(現在はこっちの漢字の方がメジャー)。

この香具山には、いろいろ神秘的な伝説が残されているようです。

 

たとえば、香具山にはあの天照大神が隠れてしまったことで有名な、天岩戸があったとされています。

他にも、香具山は天から地上に降ってきた、という言い伝えがあったり、香具山にある天岩戸神社の境内には毎年新しい竹が7本育つ代わりに、古い竹が7本枯れる、といった伝説があるらしいです。

もう一つ、香具山には甘橿明神という嘘を見抜く神様が住んでいるという伝説もあり、この神様が嘘を見抜くときに使うのが白い衣のようなんです(詳細は後述)。

 

これらの神秘的な伝説が多いことから、昔から香具山には「天の」という言葉がつき、現在でも国土地理院の呼称は、「天香久山」となっています。

文法解説

続いて、和歌に使われている文法の解説です。

ポイント1.来にけらし

ポイントの1つ目は、「来(き)にけらし」です。

ここを分節に分けると、来/に/け/らし、という風になります。

 

※ここからは受験生向けゾーン

「来(き)」はか行変格活用「来(く)」の連用形で、来るの意味です。

「に」は連用形に接続する完了の助動詞「ぬ」の連用形。

「け」は連用形に接続する過去の助動詞「けり」の連体形「ける」の「る」が省略された形です。

「らし」は終止形に接続する推定の助動詞「らし」の終止形です。

ラ行変格活用に接続する場合は、終止形ではなく連体形に接続するため。「け」の後ろに省略されているのは「る」です。

※受験生ゾーン終わり

 

つまり、「来る+完了+過去+推定」という意味になるので、現代語にすると「(既に)来ていたらしい」となります。

短い文に助動詞が3つも隠れているため、文法の勉強にはもってこいの教材です。

ポイント2.てふ

ポイントの2つ目は、「てふ」です。

「てふ」と書かれてはいますが、読むときは「ちょう」と発音します。

「てふてふ」と書いて、「蝶々(ちょうちょう)」と読むのと一緒です。

 

意味としては、「という」になります。

今回の和歌では、衣を干すという、になりますね。

他にも、百人一首で「てふ」が使われている歌に以下のようなものがあります。

 

恋すてふ我が名はまだき立ちにけり人知れずこそ思いそめしか

作者

作者は持統天皇です。

「あきの」の作者(とされている笑)天智天皇の皇女です。

なぜ、作者(とされている)、と書いたかについては以下のページをご覧ください。

参照:秋の田のかりほのいおのとまをあらみ我が衣手は露に濡れつつ

 

持統天皇は藤原京に都を遷都したことでも有名ですが、歌人としても名が知られていて、万葉集にもいくつか和歌が収められています。

特に、この和歌のオリジナルバージョンともいえる、「春すぎて夏来たるらし白妙の衣干したり天(あめ)の香具山」という和歌は、評価が高かったようです。

 

ちなみに、今回の和歌は万葉集バージョンを元にした新古今和歌集バージョンなのですが、なぜ万葉集バージョンではなく新古今和歌集バージョンかの理由については、次の鑑賞で詳しく説明します。

鑑賞

続いて、和歌がもっと楽しくなるエピソードや周辺知識について解説します。

「衣」が意味するもの

作者の持統天皇は、天の香具山に干されている真っ白な衣を見て、夏の訪れを感じています。

この感覚は、現代の私たちにとってはあまりピンと来ないですよね。

では、この真っ白な衣というのは、いったい何を表しているのでしょうか?

 

この真っ白な衣は、「衣替え」という旧暦の4月に行われる年中行事を意味しています。

この衣替えの日を境に、冬服から夏服に着替えるわけです。

衣替えというのは今でも普通に使われる言葉ですが、昔はそれが公的な行事だったのですね。

その衣替えの時期に衣を干すというのが通例だったようなので、持統天皇は山に干されている衣を見て夏の訪れを感じたのでしょう。

 

また、香具山は卯の花で有名なことから、この真っ白な衣は卯の花を指している、といった説もあるようです。

卯月、つまり旧暦の4月(旧暦の夏は4,5,6月)の花ということで、時期的にもピッタリ当てはまります。

元ネタである万葉集バージョンとの違い

先ほども紹介しましたが、この和歌は万葉集にある和歌が元となっています。

 

春すぎて夏来たるらし白妙の衣干したり天(あめ)の香具山

 

違いとしては3か所。

まず、最後の「天の」の読み方の違い。

これは単に読み方が違うだけなので、大きな違いではないです。

 

問題は、残り二つ。

どちらにも「たり」という助動詞が使われています(「たる」は「たり」の連体形なので、意味は同じ)。

「たり」はどういう意味かというと、完了や存続を意味します。つまり、それぞれ該当箇所を現代語にすると、「来た(完了)」「干している(存続)」となるわけです。

 

では、これらの違いが何を生み出すのでしょうか?

 

まず、一つ目の「にけり」と「たり」の違い。

「にけり」は完了+過去、「たり」は完了のみ、といった違いがあります。

過去のニュアンスが入るかどうかの違いですね。

過去のニュアンスが入ることで、どこか間接的婉曲的で上品な意味合いになります。

英語なんかがわかりやすいのですが、canよりcould、willよりwouldと過去形にしたほうが、遠回しで丁寧とされるのに近いです。

 

続いてもう一つの違い、「てふ」と「たり」です。

これは現代語にすると、「干すという」と「干している」といったような違いになります。

こちらも、「干している」という直接な表現が、「干すという」と伝聞のニュアンスが入っていることで、遠回しな表現へとなっています。

また、ここが伝聞の意味になることで、先ほど紹介した甘橿明神の伝説が和歌に組み込まれる余地が生まれてくるのです!

 

甘橿明神は人間の嘘を見抜く神様なのですが、実はその見抜き方というのが真っ白な衣を神水に浸すという方法なのです。

つまり、ここの表現が「干したり」から「干すてふ」と伝聞になることで、「あの甘橿明神が神水で浸した真っ白な衣を干す(伝説がある)という」という解釈ができるようになる、ということなんですね。

 

これらが主な違いですが、では選者の藤原定家はなぜ万葉集ではなく新古今和歌集バージョンの歌を採用したのでしょうか?

もちろん、定家の好みもあったのかもしれませんが、もう一つ大きな理由が百人一首選定の基準です。

 

百人一首に選ばれている和歌は、実は勅撰和歌集に選ばれている和歌だけです。

そのため、勅撰和歌集ではない万葉集の和歌が百人一首の和歌として選ばれることはなかった、ということですね。

競技かるたにおける「はるす」

ここからは、競技かるたにおける視点から、この和歌を解説します。

 

この和歌は、競技かるたの決まり字でいえば「はるす」という3字決まりになります。

参照:競技かるた選手が札を早く取れる秘密「決まり字」とは?

 

「はるす」と似た決まり字を持つ札として、「はるの」という札があります。

春の夜の夢ばかりなる手枕にかひなく立たむ名こそ惜しけれ

 

百人一首で「は」から始まる歌は4首、そのうち「春」から始まる歌はこの2首のみです。

ちなみに、残りの2首はどちらも「花」から始まります。

・花の色は移りにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに

・花さそふ嵐の庭の雪ならでふりゆくものはわが身なりけり

 

どれも雰囲気が似ていて、すべて3字決まりのため、競技かるたを始めたころはこれらの札がややこしく感じてしまう人も多いようです。

出典

新古今和歌集・夏・175番

参考文献

吉海直人『読んで楽しむ百人一首』KADOKAWA(2017)

吉海直人 監修『こんなに面白かった「百人一首」』PHP文庫(2010)

井上宗雄『百人一首を楽しく読む 四版』笠間書院(2014)

有吉保 監修『知識ゼロからの百人一首入門』幻冬舎(2005)

馬場あき子『馬場あき子「百人一首」』NHK出版(2016)

上坂信男『新版 百人一首・耽美の空間』右文書院(2008)

小名木善行『ねずさんの日本の心で読み解く「百人一首」』彩雲出版(2015)

田中紀峰『虚構の歌人藤原定家』夏目書房新社(2015)