たごの読み札

今回解説する和歌はこちらになります。

 

田子の浦にうち出でて見れば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ

 

世界遺産にも登録されている、日本で一番高い山、富士山をテーマにした雄大な和歌です。

また、百人一首の中では珍しい、冬をテーマにした和歌にもなっています。

和歌の意味

田子の浦に出てみると、真っ白な富士山の頂上に雪が降り続けているよ

 

意味はストレートに、冬の富士山の様子を描いています。

特に難しい技法などもなく、現代にも通じるわかりやすい和歌といえるでしょう。

 

ただしこの和歌、冷静に考えてみると現実の風景を描写しているわけではないんです。

詳細は鑑賞の項で説明いたします。

ことばの解説

続いて、この和歌に使われている言葉の解説です。

田子の浦(たごのうら)

田子の浦は、実際に静岡県にある地名です。

ただし、この和歌でいう田子の浦とは、現在の田子の浦より少し西、富士川以西の現在で言う蒲原、由衣の辺りを指していました。

地元の人はイメージしやすいですかね。

白妙(しろたえ)

「白妙の」は、白や雪にかかる枕詞といわれます。

なので、本来であれば意味のない言葉として訳さない言葉です。

 

しかし、この和歌では「白妙の」の次に「富士」という言葉が来ています。

そのため、この和歌では通常の枕詞としてではなく、意味のある言葉として訳すほうが自然です。

 

白妙というのは、白い栲という真っ白な布を意味しますので、ここでは真っ白なと訳しています。

百人一首の中で「白妙の」という言葉を使っている和歌がもう一首あるので、そちらも参考にしてみてください。

参照:春すぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山

高嶺(たかね)

「高嶺の花」という表現などで現代にも使われているので、古語の解説というよりは現代語の解説です。

 

高嶺という言葉を辞書で調べてみると、「高い峰」という風に書かれています。

では、峰は何を意味するのかというと、山の頂や高い山といったことを意味しています。

 

つまり、ただでさえ高いイメージを持つ峰のさらに高いところ、という意味で、高い高い山の上、ぐらいのニュアンスです。

富士山の山の頂上なんかを表現するには、ちょうどいい言葉といえますね。

文法解説

続いて、この和歌に使われている文法の解説です。

ポイント1.見れば

ポイントの一つ目は「見れば」です。

ここの訳は「見てみたら」という仮定の意味ではなく、「見ると」という確定の意味になります。

受験古文では必須の文法知識ですので、受験生は注意が必要です。

 

少し詳しく解説をすると、この形は已然形+ば、と呼ばれ、「~すると」という確定の意味で訳します。

今回であれば、「見れ」というのが「見る」の已然形なので、「見ると」という意味になるというわけです。

他にも、已然形+ばの形が使われている百人一首の和歌には、以下のようなものがあります。

 

かささぎの渡せる橋におく霜の白きを見れば夜ぞ更けにける

天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも

 

ちなみに、現代語と同じ「見てみたら」の意味に相当するのは、古文だと「見ば」になります。

ポイント2.つつ

「つつ」というのは、本来継続や反復を意味する言葉です。

この「つつ」が和歌の文末で使われると、和歌全体に余韻を持たせる効果をもたらします。

 

「けり」にも同じ詠嘆の意味がありますが、「つつ」の方が現在まさにその動作が行われている、というリアリティが強めです。

そして、この和歌は文末が「ける(けりの連体形)」になるか「つつ」になるかで、与える印象が大きく変わってしまいます。

詳しくは、後述の鑑賞をご覧ください。

 

文末に「つつ」という表現が使われている和歌には、以下のようなものがあります。

君がため春の野に出て若菜つむわが衣手に雪は降りつつ

来ぬ人を松帆の浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ

作者

作者は山部赤人です。

 

3番歌の作者(とされている)柿本人麻呂とともに、歌聖と呼ばれる伝説の歌人です。

参照:あしひきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む

身分はそれほど高くなく、しょっちゅう地方に派遣される下級役人だったと考えられています。

 

山部赤人はこの和歌のように、風景を詠んだ和歌を得意としていたようです。

その和歌のうまさは35番歌の作者、紀貫之も認めており、彼が選者を務めた古今和歌集では柿本人麻呂と並べてその和歌の腕を絶賛しています。

紀貫之の和歌はこちらを参考にしてください。

参照:人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける

鑑賞

続いて、和歌がもっと楽しくなる鑑賞のコーナーです。

万葉集のオリジナルバージョン

この和歌は新古今和歌集から百人一首に選ばれていますが、元々は万葉集に載っていた和歌です。

万葉集のオリジナルバージョンは、百人一首バージョンに比べ少し表現が異なる部分があります。

以下が万葉集バージョンの和歌です。

 

田子の浦うち出でて見れば真白にそ富士の高嶺に雪は降りける

 

赤字で書いてあるのが、表現が違っている部分です。

万葉集バージョンとの違い

最初の「ゆ」というのは起点を意味し「~から」と訳します。

古文の中でも古い表現で、新古今和歌集の時代にはほぼ使われていなかったようです。

 

二番目の「真白にぞ」はそのまま、真っ白にという意味になります。

白妙のも白色を意味しているので、そこまで大きく文意が変わっているわけではないです。

 

万葉集バージョンと百人一首バージョンで大きく意味を変えてしまっているのが、文末の「ける」です。

「ける」と「つつ」

万葉集バージョンのように、文末が「ける」であれば、この和歌になんらおかしいところはありません。

雪が降り積もっている富士山の雄大さをたたえた名歌、という解釈です。

訳にしても、「雪が降っているな~」となります。

 

しかし、新古今和歌集になって文末が「つつ」へと変わってしまいました。

厳密にいうと、「つつ」という表現はこの和歌にふさわしくない表現です。

 

というのも、「つつ」は継続の意味を持っており、忠実に訳すと、田子の浦にいる作者がまさに今富士山の頂上に降り続けている雪がはっきり見えていることになってしまいます。

つまり、新古今和歌集の変更によって、この和歌からリアリティが失われてしまったのです。

これは言い換えると、現実にはありえない絵画的、幻想的な歌へと変貌を遂げたともいえます。

 

どちらが好みかは人によりますが、文末の2文字だけでここまで正反対の印象を与えられるという事自体が面白いですよね。

 

同じように、万葉集にオリジナルバージョンがある歌として、前述した「はるす」が上げられます。

春すぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山

長歌と反歌

先ほど、この和歌は元々万葉集に収められていたと紹介しましたが、実は「長歌」に対する「反歌」という形で収められていました。

 

「長歌」というのは「短歌」より長い歌、つまり五七のリズムを三回以上繰り返す和歌のことです。

そして、この「長歌」を五七五七七という「短歌」の形でまとめたものが、「反歌」といわれます。

つまり、「たご」の元となる万葉集バージョンの短歌は、長歌という長い歌をまとめたものだったのです。

 

では、その長歌とはどのようなものだったのか? 長いですが以下に全文を書いてみます。

 

天地(あめつち)の 別れしときゆ 神(かん)さびて 高く貴き 駿河なる 富士の高嶺を 天の原 ふりさけみれば わたる日の 影も隠らひ 照る月の 光も見えず 白雲も い行(ゆ)きはばかり 時しくぞ 雪は降りける 語り継ぎ 言い継ぎいかむ 富士の高嶺は

 

意味は以下のような感じです。

「天と地が分かれたぐらい遥か昔から神々しく高く貴い、駿河にある富士山を見上げてみると、空を移動する太陽の光も隠れ、照る月の光も見えず、白雲も(高い富士山に邪魔されて)進みかねて、どんな時でも雪が降っている。語り継ぎ、言い伝えていこう、(こんな素晴らしい)富士山は…」

 

これでもか、というぐらい富士山の雄大さを語っています。

この長歌をまとめたのが、前述の「たごのうらゆ~」という和歌だったんですね。

 

数ある富士山の特徴の中でも、山部赤人にとっては「雪」が一番印象に残ったんだな、ということも反歌の内容から推し量れます。

競技かるたにおける「たご」

ここからは和歌から離れて、競技かるたのお話です。

競技かるたでは、この和歌を「たご」という風に認識しています。

 

競技かるたでは「た」から始まる札が合計6枚ありますが、2音目はすべてことなる音です。

なかでも「たご」は二音目が唯一濁音となるため、他のたから始まる札に比べて少し目立っています。

 

他に「た」から始まる和歌としては、以下のようなものがあります。

立ち別れいなばの山の峰に生ふるまつとし聞かば今帰り来む

たれをかもしる人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに

出典

新古今和歌集・冬・675番

参考文献

吉海直人『読んで楽しむ百人一首』KADOKAWA(2017)

吉海直人 監修『こんなに面白かった「百人一首」』PHP文庫(2010)

井上宗雄『百人一首を楽しく読む 四版』笠間書院(2014)

有吉保 監修『知識ゼロからの百人一首入門』幻冬舎(2005)

馬場あき子『馬場あき子「百人一首」』NHK出版(2016)

上坂信男『新版 百人一首・耽美の空間』右文書院(2008)

小名木善行『ねずさんの日本の心で読み解く「百人一首」』彩雲出版(2015)

田中紀峰『虚構の歌人藤原定家』夏目書房新社(2015)